思考方法 ADHD の癖?

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完全に個人的な記事ですが、似たような思考・考え方をする方には、
あ〜、確かに、そういう感じかも、って思ってもらえるかもしれない。
思ったところで、何も解決しないのだけれど、そういう人は、何かをカテゴライズすることで安心する脳みそなんじゃなかろうか?

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ADHDの特徴

診断されているわけではないので、自称ADHDなのだが、それを意識するようになったのは仕事を辞めてから。
いろいろ複雑に絡み合った理由で仕事を辞めたのだけど、その理由の一つにはADHD的な特徴というのがあったと自己分析している。
どうして仕事を辞めることになってしまったんだろう?どんな仕事なら続けることができたのだろう?自分はどんな人間なんだろう?なんてリクルーターが20歳前後でみんなやっていることを、仕事を辞めた30代半ばになって初めて考えた。
敷いてもらったレールに乗り続けているうちに幸運にも研究者というのになってしまっていたので、自分を見つめる機会がなかったというか、機会を作らなかったから(見つめなかったから研究者になったとも言える)。

で、どういう特徴が仕事を辞めることに繋がったのかというと、

多動・注意力欠陥:1対1の時でさえ集中して話を聞くことができない。

換気扇の音が気になったり、電気がチカチカするのが気になったり、実は四六時中頭の中で何かの音楽が無限リピートされていたりする。なので、難しい話になると話が半分くらいしか脳みそまで届いていない。

しかも仕事を辞める決断をした半年前くらいから、鬱的症状もあって、集中力のなさ、思考力の低下は顕著だった(鬱も診断されたわけではないが、頻繁に自殺や蒸発を考えたり、血圧が過去最高に高かったりした)。

思い出してみると、小学生の頃から教室や廊下をウロウロしたり、椅子をガッタンガッタンして転んだりと、いわゆる落ち着きのない子ではあった。

衝動性:辞めてしまえ〜という衝動で辞めてしまった事実。

本当にお世話になった人がたくさん周りにいたので、今となっては申し訳なくて申し訳なくて震えるのだけど、当時の僕の脳内では、自分が仕事を続けられない理由を外的要因に任せて楽になろうとしていた(防衛本能かもね。だから死なないで済んだのだと思うけど)。
なので、僕がいきなり仕事を辞めたら周りの人は困るだろうな〜、よーし困らせてやる〜、くらいの勢いで辞めてしまった。

そういえば、大学生の時の座右の銘が、「どうせダメならやってみよう by Mr. Children」だった。

物事を深く考えるのが面倒で、とりあえず行動してしまう癖があり、研究者となってからもたくさんの失敗実験を繰り返していた。
数打ちゃ当たることもあるので、時間がたくさんあった独身時代や子供いない時代はどうにかなっていたが、時間をマネジメントしながらやらなきゃならなくなってからは明らかにパフォーマンスが落ちたと感じていた。

もちろん、ADHDと言っても、人によって特徴的な部分が様々だと思うが、僕の欠点となりうる(欠点となった)部分をかいつまむと、こんな感じ。

ADHD的な思考方法(もちろん個人的特徴かもしれない)

大学生の時にこんな話で盛り上がったことがある。

Aさんはとても論理的思考が得意(思考が論理的な人ってことだね)、Bさんも思考が論理的な人、Cさんは論理的な思考が苦手。

そして、Aさんはとても察しがいい人で、ゴールを10として、スタート地点の1を聞けば自分で論理展開していき、10にたどり着く。

Bさんは、Aさんのように天才的ではないが、1を聞けば7か8までは自力でたどり着くことができる。その思考ルートは1→2→3→4→5→6→7→8である。

一方Cさんは、1を聞いた途端に次に5を思いつき6を思いつき、そして10には至らないが12になったり、9ではなくQみたいなところへ辿り着いてしまう。

見方によっては、Cさん天才やん!って感じではあるけれど、日々すごくクリエイティブなことと対峙しているわけではない。日常的瑣末なことから、事務的なこと、基礎的なことで日常のほとんどが出来上がっている。
なので、8とか9とか10とかを目指していたり、そこに至ることを成功という(と定義する)。

当時は、1から10までの思考の積み重ねという表現をしていて、Aさんは1を埋めれば10まで積み重ねることができる一方、Cさんは間がスカスカで空中に思考を持っていったり置いておいたりすることができている、みたいな話だった。

『一を聞いて十を知る』

正しい意味としては一部分を聞いただけで全てを理解するということなので、当時の会話では誤用しているのだが、それはさておき。そんな話をしていたことがある。

さて、ご察しの通り、Cさんは僕(の脳みそは)に該当する。
思考の積み重ねに対して、空中置きなどとも称していた気がする。
また、1を聞かないでも8や9や10を知ることもある、と揶揄されていた気がする。

空中起き思考のメリット

この思考方法はそもそも、多動、注意力欠陥というADHD的性質に起因するのだと自己分析している。

何かを聞いた時に、aならばb、bならばcとアルファベッド順に思考するのが積み重ね思考だとすると、
空中起き思考の極端な例では、aと聞いた時にbという考えに行かず、dに飛んだり、Aに飛んだり、ドーナツに飛んだりする。
思考に論理展開がなく、無秩序。
aならばdでもいいんじゃないか?Aという可能性も0.0000001%くらいあるよね。そういえばあの時のドーナツ美味しかったな〜。みたいな笑
もしかしたら、ドーナツ→トポロジー→ジー?→G→gとか巡って、積み重ねの先が急に現れたりしているのかもしれない。適当だけど。

これではメリットにはならないよ、と思うかもしれないが、意外なところで役に立つ。

もし、思考のスピードが早く、コスパ悪くてもとにかく頑張る的なやり方だと、かなりの数のマルチタスクをこなすことができる。
また、思考に順序がないから、複数のことを同時にやっていても、あまり違和感やロスがない。

なので、アウトプットだけ見てみると、とにかく要領が良いように見える。

実際に僕は、とにかく要領は良く見えていたと思われる。
結果を出すのが早かったから。(もちろん、積み上げていないので誤答のこともままあったが。)

なぜ早いのか。
思考・試行回数が多いから。
言い方を変えると、成否・正誤にかかわらず、とにかく何度も思考・試行するから。
途中に全然関係ないことまで考えたりする。それが、たまたま他のことにつながったりして思考がワープする。
(量子コンピュータ的な思考方法とも言えるのかもしれない)

いつも複数の多ジャンルの本を同時並行で読んでいた。
漫画とか、途中の巻が抜けていても、あまり気にならず、後で読んで普通に補完する(ネタバレにあまりこだわらない性格でもある)。
話の途中からでも、散り散りの情報をすぐに集めて参加することができる。

空中起き思考のデメリット

一方、やはり能力的・脳力的に限界はあり、とくに思考の深度方向には弱い。

深く考えなければならないことや、一つの思考に時間がかかることは苦手。
英語の論文を読むのも初心者の頃は、いわゆる集中が続かずの状態で、1文読むのに時間がかかるため、1文ごとに思考が途切れ、思考が戻ってきた時にはどこを読んでいたのか探すところから始まり、全然前に進まないという体験もあった。(こういうことに関しては、英文を読むスキルが上昇することで、コストがかからなくなっていき、なんとかなるようになった。)

また、一度きりしか試すことができない重要な案件も苦手である。
きちんと論理的に思考するのが苦手なので、過不足なく網羅することができていなかったり、いわゆるうっかりミス的なことも多い。

高校の数学でやる確率とか順列・組合せ問題はとても苦手で、今でもわからない。
組合せ問題とか、全てのパターンを樹形図で描かないと解けなかった。

僕のようなADHD的な特徴の脳みそでは、得意なこと不得意なことがあることがわかった。
まぁ、誰のどんな脳みそだって、得手不得手はあるだろうけれど、普通ではないとなかなか理解され難く、しかも自分はなんでできないんだろう?なんて悩むこともあると思う。
そんな時に自分のことを見つめなおすというか、自己理解することで諦めがついたり、得意なことをやろうと前向きになれたりするんじゃなかろうか。

とりあえずここまで。公開するけど、書き直したりする予定。

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