ノブレス・オブリージュ

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カーショップでドライブレコーダーを取り付けてもらっている間、駅前のデパートをふらふらし、近くの古本屋をのぞき、ラーメンを食べるつもりだった。

古本屋までは大体思惑通りに時間を潰し、そろそろラーメン屋に行こうと店の前まで行くが、まったく営業している気配がない。
外食サイトには年中無休としか書いていおらず、店に貼り紙もないのですぐ諦めた。

さて、取り付けが終わる予定の時間まであと30分くらい、どうしようかなと考え、喫茶店に行こうか、ファストフード店に行こうか、食べたくもないものにお金を払うのは嫌だだら家まで我慢するか。迷ったあげく、違うラーメン屋に行くことにした。

その店は駅前を通り過ぎ反対側にあり、少し歩くが、どうせ時間を潰しているのだった。

とぼとぼと歩き、ラーメン屋にたどり着く。券売機で食券を買い、店員に渡す。運ばれてくるまでの少しの間に、電話がかかってきた。

どうやらドライブレコーダーの取り付けが終わったらしい。

もう少し早ければ、もしくは、もう少し遅ければ、別に食べたくもないラーメンを食べずに済んだのにな、と後悔する。

後悔のラーメンを食べ終え、カーショップを目指し歩く。

駅前を通り過ぎようとしたところで、小さなチラシを持った人に声をかけられる。

ユニセフの勧誘だった。

そういえば、数週間前に、家でも支援募金の話題があがり、妻と息子がやるとか言っていた。
ただ、やるとは言ったものの、何もやっていないままだったはずだ。

後で調べると、あれは国境なき医師団の募金だったのでユニセフとは違ったが、ある意味目的は同じだ。

誰にも相手にされていないだろうなと思い、なんとなく足を止め、チラシを受け取る。

6秒で1人の子どもが亡くなっていること、それでもユニセフなどの募金により昔よりは状況は良くなっていることなどを、若い女性が説明してくれた。

なんとなく断りづらい状況になってしまったこともあるが、先日webで見た言葉を思い出した。

こういう状況で余裕があるのだから、子どもを作るか貰うかして育てるべきなんじゃないか。少し違うかもしれないが、ノブリス・オブリージュなんじゃないか。

それこそ、少し違うかもしれないが、こういう支援の募金をすることはノブリス・オブリージュなんじゃないだろうか、と自分に言い聞かせ、マンスリーサポートの募金を申し込むことにした。

ラーメン屋がやっていたら、カーショップからの電話がもう少し早く来たら、縁はなかったかもしれない。

偶然かもしれないし、必然だったのかもしれない。
どちらにしても、助かる命があるなら、それは良いことだ。
偽善ですらなく、当然のことだと思おう。

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