カタカナで書かれるとよくわからんのです

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東京都知事によるコロナウイルス関連の発言に対し、防衛相が日本語でいいじゃないか的なことを言ったらしい。

ロックダウン、オーバーシュート…「日本語でいい」 河野防衛相 
河野太郎防衛相は24日の記者会見で、新型コロナウイルスに関する政府の説明に片仮名用語が多いとして疑問を呈した。日本語で分かりやすく説明するよう、厚生労働省など関…

個人的には、よく言った!防衛相!!なのだけれど、どうして、「ロックダウン」「オーバーシュート」などの言葉を使うのだろうか?
その方がインパクトがあるから?カッコつけてる?
もしや、言ったことを曖昧にするため?むしろ、適切な日本語で説明できないから?

もちろん、ひとつの単語で、強い印象を付けるために、カタカナが視覚的に、音的に目立つという効果はあると思う。
それに、国語によって、一単語の持つ意味が違い、日本語で表すよりも多くの意味だったり、より具体的な意味を指していて、そこに真意が多く含まれるため、使用するということかもしれない。

まあ、いずれにしろ、私は苦手だ(笑)

個人的な問題だが、そもそもあまり国語センスがない。意味を文字で理解するよりも絵で理解するタイプだし、ニュアンスやメロディは入ってくるけれど、一部分の音に敏感なわけではない。

たぶん、明日には都知事の言うカタカナのことは忘れてしまい、なんか都市が落ちる(崩壊とかそんな感じな)んだなとか、コロナウイルスに打たれまくっちゃうんだなとか、そんなイメージだけ残るんだと思う。

実は今読んでいる本、「他者と働く」


他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論 (NewsPicksパブリッシング)

この本、内容としては、わかりやすいし、個人的には腑に落ちる。人に優しく、情けは人の為ならずみたいで、好き。

ただ、“ナラティブ”という言葉が最重要ワードで、英語のnarativeからの言葉だという。
英語の日本語訳としては、「語り」となるらしいが、英語的にはもう一つ意味があり、世界観や解釈の枠組みという意味での「物語」ということらしい。

で、この本は、自分に対する相手とどう上手くやっていくかを考えると、自分のナラティブと相手のナラティブを、お互いの立場に立って良く眺めて、調整していく、ということが書いてある。

この文章だけ読むと、自分の物語と相手の物語を・・・となるのだけど、どうなのよ。

そう、どうなのよってなるからこそ、カタカナの“ナラティブ”というキーワードを使っているのだろうけど、例えば、“価値観”とか“経歴”とか“人生”とか、“立場”とかってことだよね?

まあ、この場合は、私にも理解しやすい内容だったから善しとするが(笑)、本文中にナラティブと出てくると、いちいち文脈から“立場”とか、“環境”とか独自の日本語あてをして読んでいる。でも、これって、読み間違ってたり、あて間違ったら、違う文章を読んでることになるよね・・・。笑えない。

もう一つ。これは働いていた当時、もう辞めたいって思い始める前後だったと思うけど、そのあたりに同僚から勧められた本。


イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

全体的にほとんどうろ覚えなので、いろいろ間違っていたらごめんなさいなんだけど、この、“イシュー”、というか“イシューからはじめよ”という題名、これはもう意味がわからない。意味わからないってのは文字通り意味がわからない。

イシューってのは「issue」で、そのまあ「問題」なんだけど、“問題からはじめよ”???

同僚が私に勧めた理由は、ロジカルシンキングや仕事の能率化を勧めてのことだと思う。
的を得ていて、どちらもとても苦手。論理的に考えている時間があったら、手を動かせ!手っ取り早く終わる仕事から手を付ける!という、なんともお子さまな思考のまま社会人になってしまい、家族も増え時間に追われている私に見かねた同僚からのアドバイスだったのだけど、とにかく“イシュー”ということば、および“イシューからはじめよ”の意味がわからないから、チュートリアル的な作業の部分はできたけど、実践してみると、何も生み出せない。たしか、四角とか矢印とかを紙に書いて、あ〜グルグル回ってるな〜って思っていた気がする笑

もしも、これがすべて日本語で(私が理解できる日本語で)書かれていたら、もう少し違ったのではなかろうか。

そう、こんな日本人もいるのですよ。都知事さん。

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